「モドキ」の気持ち、考えたことあんのかよ
この世は全て「早い者勝ち」である。
作家として番組の企画を考えていても
「これ昔〇〇で似たものやってたな~」
なんてことは日常茶飯事である。
これは後に生まれてきたものが背負い続ける宿命であり
そこでウダウダ言って歩みを止めるわけにもいかない。
なんとか脳髄を穿り回して新しいものを考えるしかない。
しかし、この世には完全に思考を停止され、
それにより弊害を受けているものがごまんと存在する。
それの最たるものが「もどき」である。
「カマキリモドキ」やら「ナナフシモドキ」など
完全に既存のものありきで名前を付けられた可哀そうな奴らだ。
新種が見つかった際に
「これ〇〇に似てるけど、生物学的には別モンやしな~。よし、もどきにしよう!」
的な軽いノリで決まったに違いない。
こんな名前をつけられてはアイデンティティもへったくれもない。
発見者の怠慢によって一生「〇〇の二番煎じ」という烙印を張られたわけである。
たまったもんじゃない。
人間世界で例えるなら、次男が生まれた際に名前を決めるのが面倒だからと
「たかしモドキ」
とつけられているようなものである。
「林」という苗字の人が
「森モドキ」
という苗字で呼ばれるようなものである。
なんとも哀れな話だ。
もっと言えば我々黄色人種は
「白人モドキ」
になるわけだし、人間なんて
「サルモドキ」
なのである。
つまるところ、この世の大概のものは
何かの「モドキ」のはずだ。
それが誰かの手抜きや怠慢のせいで
「モドキ」
という最低な称号を与えられているのだ。
思考の歩みを止めてはいけない。
ほんの軽い気持ちでの思考停止が、一族まるごとに多大な迷惑をかけてしまうのだ。
考え続けなくてはいけない。妥協してはいけない。
山のように積み重なった「モドキ」達の屍の上に立ち
考えて考えて考えて生き続けるのが、後に生まれた人間の宿命なのだ。
それを忘れてはいけない。
余談だが物まねの物まねをしてる奴ってこの世で一番寒いと思う。
しーゆーあげいん